南海トラフ巨大地震でも原発は大丈夫と言う人々

書籍 2023年9月12日掲載

出版社 旬報社
発行日 2023年7月
価格  1,300円+税
サイズ A5判並製 168頁
著者  樋口英明

著者紹介 
樋口英明(ひぐち ひであき)
 福岡・静岡・名古屋などの地裁・火災等の判事補・判事を経て2006年4月より大阪高裁判事、2009年4月より名古屋地家裁半田支部長、2012年より福井地裁判事部総括判事を歴任。2017年8月、名古屋家裁部総括判事で定年退官。
 2014年5月21日、関西電力大飯原発3・4号機の運転差し止めを命じる判決を下した。さらに2015年4月14日、原発周辺地域の住民ら9人の申し立てを認め、関西電力高浜原発3・4号機の再稼働差止めの仮処分決定を出した。
 著書に2021年「私が原発を止めた理由」(旬報社)


原発問題を脇に置いた防災論議も国防論議も空理空論です!

「南海トラフ地震が伊方原発を直撃しても伊方原発の敷地には181ガル(震度5弱相当)の揺れしか来ない」
あなたはそれを信じますか?

大飯原発運転差止めの判決を言い渡した当時の裁判長が、最新の地震観測結果、科学的知見から明らかな原発の危険性をもとに、必ず起こる南海トラフ巨大地震でも伊方原発は安全だという四国電力の主張、それを認めた広島高裁判決の問題点を語る。

本の「はじめに」で、アメリカ合衆国がイギリスから独立するにあたって決定的影響を与えたトマス・ペインの著書を引用している

「私が示すのは単純な事実を平明な主張、そして常識である。読者にあらかじめお願いしたいことがある。第一に、固定観念や先入観を捨てて、理性と感情を働かせて自分で判断をくだしていただきたい。第二に、人間としての真の品性を身につけていただきたい。いや保っていただきたい。第三に、現在のことにとどまらずに未来にまで視野を広げていただきたい。」

まさに、今を生きる私たちが、原発を前にしてどういう対応を取るべきなのか、自分や子や孫らに、どういう未来を残せるのか。を考え実行するのか。この本を読んで考えてみたいと思います。

本書の構成は
第1章 原発の本質とわが国の原発の問題点
第2章 南海トラフ地震 181ガル(震度5弱)問題
第3章 原発回帰と敵基地攻撃能力

本書は、発売当初から、原発ゼロへのカウントダウンinかわさきに参加している方も購入し、読まれています。

読後の感想を、順次掲載していきます。

最初に寄稿していただいたのは、背戸柳勝也さんです。すこし長いですが、じっくり読んでいただければ、幸いです。

裁判所は国民を守る最後の砦、との信念が溢れる!
~「南海トラフ巨大地震でも原発は大丈夫という人々」を読んで~

 以下に紹介する本は、原発を止めた裁判長として知られる、元福井地裁裁判長、樋口英明氏の新著です。

本論に入る前の「はじめに」では、私も見たNHKの「必ず来る南海トラフ巨大地震」というドラマに触れ、南海トラフ巨大地震による人的、物的(経済的)被害は、東日本大震災の10倍にも及ぶと描きながら、その震源域にある愛媛県の伊方原発の被害には全く触れていないことを指摘。その件については原子力規制委員会が審査しているから特に問題ないとして触れていないだろうと推測しています。また、2020年、原発事故に関わる住民側の国家賠償訴訟を担当した最高裁の裁判長が、退官直後、東電と深い関係のある大手弁護士事務所に就職したことにふれ、最高裁はここまで堕してしまったのかと嘆いています。

 2021年に出版された「私が原発を止めた理由」にも東電福島第一原発事故の実態が詳しく述べられていましが、この著書でも,先ず福島原発事故がどのような事故であったかを改めて振り返り、同時に原発とは何か、どのような仕組みで、どんな危険性があるのか、本質的な問題から解き明かしています。

 おそらく樋口氏は大飯原発再稼動差し止め訴訟を担当すると決まった時点で、前もって原発について、福島の事故について真剣に調べ、ご自身なりに理解を深めたのではないかと思われます。裁判官として、公正で公平な審議を進め、判決を出さなくてはとの使命感から真摯に取り組まれたのではないでしょうか。

 福島の事故については、当時第一原発の所長だった吉田昌郎氏をはじめ、原子力委員会の近藤駿介氏、近藤氏に最悪のシミュレーションを依頼した菅直人元首相の3人が揃って東日本壊滅の危機感を抱いたことがくり返し書かれています。最悪の危機が2号機の構造的欠陥や4号機の使用済み核燃料プールへの水の流入など、奇跡的なハプニングで辛うじて回避されたことを強調しています。

 それでも、当時15万人もの住民が避難せざるを得なくなったこと、病院からの避難過程で50人超もの病人が亡くなったこと、避難命令が出たため、消防団員も救える命も救えなかった請戸の悲劇、故郷や生業を失った人々、その絶望のあまり自死に至った人々、現在まで300人を超える青少年が甲状腺がんに罹り苦しんでいること等々、様々な被害の実態を描き、ともすれば忘れそうになりがちな事故の実態をまざまざと思い出させてくれます

 さて、この本の本旨は、南海トラフ巨大地震により、起こりえる愛媛県の伊方原発の事故についてです。地元愛媛県、広島県の住民からの伊方原発差し止め訴訟について、広島地裁と広島高裁で争われました。

(さて、原発の耐震性はガル(Gal)という加速度の単位で表され、各原発の基準地震動が決められ、公表されています)

四国電力は伊方原発の敷地内には、181ガルの地震動しか来ないと主張し、それに疑問をはさむ住民側に対し、両裁判所はどの程度の地震動(何ガル)になりえるか、住民側に立証責任を負わせました。それを厳しく審査をするはずの原子力規制委員会もよく調べず容認し、規制委員会が認めるのだからと、裁判所も四国電力側に立ち、住民の敗訴となりました。地震動181ガルとは、震度5弱程度で、南海トラフ巨大地震は地震専門家がⅯ(マグニチュード)9クラスの超巨大地震と予測しており、様々な被害は2011年の東日本大地震を大きく上回わり、震度で言えば当然最大クラスの7と予測されるのに、181ガルという地震動をありえないと、樋口氏は地震学の視点からも厳しく指摘しています。

 本書では、電力会社の姿勢はもちろん、本来、原発の安全性について厳しく審査をすべき、原子力規制委員会にも、そして公正・公平な審理を尽くすべき裁判所をも容赦なく批判しています。

 さらに、脱炭素や電力不足を口実に老朽原発の再稼動や原発の新増設など、原発回帰に向かう現政権にも遠慮ない批判を浴びせます。原発は自国に向けられた核兵器と考える樋口氏は、原発の存在事体が何より安全保障に関わる問題なのに、それを推進しながら、防衛力の増強のみが安全保障と見なすような政策の矛盾をも鋭く突いています。

 樋口氏は法の支配の中で最も重要なのは、人格権の中核部分「生命を守り、生活を維持する権利」と見なしています。そのため、人間の生命、身体に極めて深刻で広範囲に危険を及ぼす放射性物質に係わる事故防止については、企業は経済性を度外視しても、世界最高の知識、技術を駆使して防止策を講ずべきとしています。

 さらに、終章では「憲法が政治家と官僚と裁判官に対して『国民の一人ひとりの人格権が最高の価値であることを自覚して職務を行いなさい』と命じているのです。国民を国家権力から守ろうとするのが憲法であり、国が憲法を守っているかどうかは、国民に代わって裁判所が監視し、それを支える理念が法の支配なのです・・・と結んでいます。

 国家権力に比較すれば、圧倒的に力の弱い国民の人格権を守る役目こそ、裁判所の真骨頂なのだという、樋口氏の信念、使命感が伝わってきます。

 すべての政治家、官僚、法務に関わる人々に噛みしめてもらいたい言葉です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

※追記:この一文の下書きがほぼ終わった段階で、東京新聞に「南海トラフ地震の真実」という本の広告が載りました。

本の帯には「発生確率、70~80%、実は20%」と大きく書かれています。(同書の紹介)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/265537?rct=tbook

南海トラフ巨大地震の予測を発表したのは、地震研究に関しては、最も権威ある国の機関とされている、文科省の「地震調査研究推進本部(略称:推本)」です。

それが、実際には発生確率が70~80%ではなく、20%とは! 驚きです。

東日本大地震の予測も、事前に推本が発表し、ほぼ予測通りの震度や、津波高になったと見られ、福島原発事故関連の裁判にも、原告弁護団側の主張の根拠に使われてきました。推本が意図的に、そんな過大な予測を公表するのか・・・との疑問は、本を読んでみないと分かりませんが、それでも、たとえ20%の確率でも、発生することは確かで、規模もⅯ9クラスなのでしょう。

樋口氏の指摘するように、本来、原発には高度の耐震性が要求されるのに、日本のほとんどの原発が巨大地震に耐えられる耐震性を備えていないことは変わらず、南海トラフに限らず、日本ではどこでも巨大地震が起こりえるし、近くの原発に過酷事故が発生しうる可能性が大なのは変わりないと思われます。

関東大震災から100年を経て、以前から懸念されている首都県直下地震発生の可能性も高まっているかもしれません。となると、東海第二原発、浜岡原発への影響が大いに懸念されます。

いずれにせよ、地震大国日本では、すべての原発を直ちに止め、安全な廃炉への難路に歩みだす必要があると思います。